娘が4月から幼稚園に進級します。

私のプライベートなことをご存じの方は、「あれ?保育園児じゃなかったかな?」と思ってくださるかと思いますが、娘は幼保一体施設(こども園みたいなもの)のため、施設そのものが変わります。

保育園と幼稚園は文字通り、省庁の管轄そのものも違いますから、雰囲気が全く異なります。
親が求めるものは変わらずとも、生活が違います。
幼稚園は、学校です。
 
  
 
おそらく、娘が人生で最初に体験するであろう「さようなら」を一緒に体験しながらも、それが空気でわかるのか、子どもたちに安定感はなくなっているようで、とてもぐずることが増えたとお友達のママたちも言っています。
 
私も子ども達が寝付いた後にコツコツと準備をしたり、本当によくして頂いた保育園の先生方に「ありがとうございました」とご挨拶をすると、とてもしんみり・・・。
 
わが娘も生まれ月が遅いせいか、情緒的なムラは少ない性格だからなのか、不安定な様子はありませんでしたが、ここにきてグズグスする場面が増えてきました。
住めば都、と分かっていても、見知らぬ処へ旅立つのは勇気がいるし、不安が付きまといます。
 
 
親の私も、怒っても仕方ないとわかっていても、叱ってしまう場面は増えてしまい、自己嫌悪と虚脱感が一日の終わりにやってくるというパタンで過ごしていました。
こういう時ほど、”慈愛を持って自分の時間を過ごす”ことが大事だなあと思います。
 
 
今朝も嵐のような朝を過ごした後、下の娘が朝寝をしている間に、コーヒーを入れ、ただ湯気が立ち上るのをぼーっとみつめていると少しずつ慌ただしさが落ち着いてくる。
器官を暖かさが通り抜け、下腹部を温めてくれる分だけ呼吸もゆっくり深くなる
 
私はこれを「コーヒー瞑想」と名付け、混乱しがちな時ほど、意識的に取り入れるようにしています。
 
最近、ビジネス界でも禅の生活を取り入れていたスティーブ・ジョブズの影響を受けてか、瞑想に一躍注目がおかれているようです。
瞑想と聞くだけで私たち母親は、「無理無理!そんな時間ないし!」と思いがちですけど、子どもが寝てる間にポチポチとスマートフォンをいじる時間を違った過ごし方をしてみるだけで出来るものじゃないかな?
 
座ってかしこまらないで良い。ただ、静かにそこにいることを大事にし、ノンストップに一日を終えてしまう子育ての時期には抜けがちな要素、”慈愛をもって自分の時間”を過ごします。
 
負のルーティーンにハマる前に、攻める対象を探すのではなく、自分を整理してみる。
そうすると、案外シンプルなことに気づいたりします。
 
 
今日の私も、不安なのは子どもなのではなく、親である自分なんかもしれないなあ…それを子どもが感じ取ってるだけなのかもしれないなあ…というところに着地しましたから。