我が家には、ご近所さんの都合で手放されたローズマリーの植木があったのですが、元気がなくなったのと手をかけてあげられないという理由で、私の実家両親のもとに里子に出ています。
草木には太陽と風と、適切な配分の土、適切な量の水が大切で、こちらでは全然元気がなかった彼(?)も成長の阻害になると判断された古い根を整頓してもらった事でぐんぐんと枝葉を伸ばし、花を咲かせているそうです。
 
この”適切な”って本当に難しいと思います。
 
 
長女は12月には四歳になります。
 
時折、ぼーっとしながら妖精さんと話す彼女は、初夏頃イマジナリーフレンドが出来ました。
小学生のお兄さんであったり、お姉さんであったり、少し年上のお友達に精神的に助けられているのか、時々キャラクター設定が変化している様子ですが、「3歳の次は、4歳、4歳の次は5!その次は小学生になるんだよ!」と、小学生への憧れが尽きません。
 
彼女の通う幼稚園と同じ建物の中に小学校があり、小学生の運動会を見たり、校庭で活動している様子をみているからか、大きくなることは自分で出来ることが増えることだ、と認識している様子。
  
妹が出来、赤ちゃん返りを覚悟していた私をよそに、妹と相思相愛の様子でぴたっと寄り添ったり、時々おもちゃをとられたくなくて自己主張したり、自分の大切なものの素晴らしさについて妹に熱弁をふるってみたり、それまで「お母さん」と呼んでいたのが、急に「ママ」になったり。
 
”お姉ちゃんだよ”と”まだ3歳だよ”を行きつ戻りつしています。
 
ほぼ負けん気を知らず、ほわほわとお友達に追いていかれても、楽しげにそれをぼーっとみている彼女。
河合隼雄さんの「ぼーっとしている時は、味噌やお酒が発酵するように心が育っている時」だという言葉にちょっぴり助けられながら、成長を見守っています。
 
恐怖の3歳児などと言いますが、我が家は頑張る3歳児です。
   
 
次女が先日11カ月を迎えました。今月には一歳に。

姉が幼稚園から帰ってくると、ひたすら彼女を後追いし、彼女が遊ぶ様子をじっと見たり、負けじと挑んでみたりする次女は、基本折れる事を知りません。(笑)
すでに、イヤイヤ期が怖い。
 
アルミのボールを持ち、それをカンカンと打ちつけながら伝い歩きをしたり、ご飯が待てずに顔をくしゃくしゃにして怒りながら喃語で文句を言ったりと、どちらかといえばおっとりとしていた長女とまったく違う個性で親も苦笑い。
背中スイッチもまた皆無なので、ポンっと床に置かれてもそのままゴロゴロしながら寝に入っていくおおらかさは頼もしく、しみじみと「子どもって色々だ」を感じさせてくれる活躍を見せています。
 
 
一人目育児と二人目育児は、子の個性が効いているのか、それとも親が慣れたのか。
鶏が先か、卵が先か、と同じ理論で恐らくは両方の相互作用。
 
要スタミナではありますが、濃密にそばに居られるこの瞬間を味わい、十分に楽しもうと思う日々です。