長女の特技は、魂が出ることです。
よく、ネジを巻かれてます。家庭でも幼稚園でも。

ぼーっとしたまま、電池の切れたロボットのように動かない。
長子にはよくあるらしく、競争するということを知らないためか、お友達がせかせかと上履きを履き替えたり、動いているのを楽しそうににこにこして止まっていたり、鏡の中の自分といつまでもお喋りしてる。空想が大好き。

旅立ったら、帰ってこない。

そして、無意識のうちに、「早くして!急いで!間に合わないよ!」と“言ってはいけない子育てキーワード”が出てきてしまうことがよくあります。

12月生まれだからこんなにも遅いのか。
そりゃ、半年先に生まれた子よりは遅くて当然か…急いで出来て良いことはないけれども、これでいろんなことついていけるのかしら…。
ついていけなくてもいいんだけども、ついていけないかもということそのものが不安。
 
などなど、頭の中で ”今の現実” ⇒ ”これからの子育てビジョン” などと飛躍しながら、マインドがもぞもぞと高速で働いていきます。
 
 

子育ては最高のヨガであるというけれど

いきなりですが、ヨガのことをヨガスートラ(ヨガの経典だと思ってください)では『心の活動の停止(死滅・制御)』であると書いてあります。

योगश्चित्तवृत्तिनिरोधः ॥ २ ॥
読み:ヨーガシュッチッタブリッティニローダハ(2)
意味:ヨーガはチッタ・ブリッティ・ニローダである。

難しいことは書きません。(興味のある方はぜひ!)
「心がざわざわすることを止めるためにヨガはあるよ。それが成功したときに、私たちは平和(シャンティ)になれるんだよ」(超ざっくり)
と言われていると思って頂いたらいいかもしれません。

心がざわざわする理由は、例えば「物欲が抑えられない」とか、「人へのネガティブな感情が捨てられない」とか何でもいいです。
さっぱりと手放しちゃったら、もっと生きやすいだろうなあと思うすべてのことを指すのでしょう。

私もヨガの練習の中で、大体の物欲や不安定な要素と向きあい、少しは自分と良い関係が気づけてきたように思います。

だけれども、親になるとその持って生まれた考え方の癖がもう一度騒めき、心の中がわさわさするのです。
 
 

子どもの心が育つとき

 
そんなとき開いて、私を落ち着かせてくれるのは、河合隼雄さん著作の「こころの子育て」(名著です)。
 
「ボーっとしているとき、何もしてないように見えるときほど、こころが育っています

子育ては発酵のようなもので。目に見えないけれども、変化している。変わっていないようで、全く違うものへと進化しているんだよと河合先生はいうのです。
目に見えないものを恐れすぎて手を出してぐちゃぐちゃにしちゃうのはもったいないよ。

大人だって、案外ぼーっとしてる時間あるでしょ?と。

確かにそうだなあと思います。
ぼけーっとしながら「なにしてましたか」と聞かれたら、「いえ、何も」と答える時間は誰だって存在するし、必要です。

子育てが始まってから、最高だなと思うのは「誰かにお茶を入れてもらって、それをゆっくり飲む時間」を確保できた時。
つまり、ぼーっとする時間がないこと・隙間がないことそのものが母になって直面する余裕のなさの理由の一つ。

それなのに、子どもには隙間なくがんばれーと願うのはそもそもエゴイスティックな願いなのかもしれません。
 

誰かに何かをしてもらって嬉しいという気持ちと共に、自分は何かをしてあげているという気持ちが強く働いていると、相手に対してどうしても支配的になってしまい、結果ネガティブな思いに繋がっていくことがあります。
だけど、尽くしてもらいたい、尽くしてる分だけ応えてほしい。
なんとか自分の気持ちに応えてと振舞ってもうまくいくはずがないのです。
 
木がどの方向に枝を伸ばしていくのか、静かに見守ることの大切さを知っているなら、それと同じぐらい、剪定したり整えたりすることが後からでも出来るのだという事を忘れずにいきたいなと思います。