時代もありましたが、私の育った家庭はいわゆる核家族で、父はほとんどおらず、母は専業主婦という役割を持っていました。

私の幼少期、いわゆる都心部ではそういった家庭が最もポピュラーで、近くにおじいちゃん・おばあちゃんがいるとか、三世代で生活してますという人は非常に少なかったように記憶しています。
80年代のいわゆるバブル期に、父は忙しく、母と二人で密着意識が強かった子ども時代。
連帯感が強かった分だけ自立するのにエネルギーが必要となりましたが、今となってはいい思い出です。

 
 
幼い頃、母の姿を見ながら、毎日自宅で退屈じゃないのかな、つまらないんじゃないかなとか、他にやりたいことなかったのかなーなどと今思えば失礼なことを思っていたものです。
 
実際の母の心内の真実は、私には測り知れない事なのですが、自分が母親になって思う事は、『人を育てる』という役割はとてもとても(強調)多忙で、到底退屈などとは言えない日々が続きます。
何もしていないように見えるときは(ごくわずかな)休息にしかすぎず、子どもの習い事をサポートしたり、家族が体調を崩したときのために生活リズムに余裕を持たせるために様々な工夫をしたり、隙間を縫って料理や家事をしたり。
家族の健康状態を考えて食事を用意したり、健康を支えるための役割を担う人は多角的に物事を見ないといけないですから、それだけ内側を観察する力が必要です。家庭の中心にいる人は、「観察者であり監督であり、司令塔」のよう。
 
 
“丁寧に暮らす”と簡単に言いますが、それは別に見た目が綺麗なことじゃないと思うんですね。
その人の持って生まれた生命力が最も輝いていけるように、ある時は少しマメに労ったり、ある時は少し大らかに大きな自然の力(例えばホメオスタシスを信じたり、もしくはそれを育てたり)に身を委ねたり、ある時は科学の力に頼りながら、最もその人が活き活きと幸福に生きていくが出来るようにする暮らし方だと思うんです。
 
 
このからだ、このこころ、自分だけで育ててきたものではない。
 
色んな事を感じてほしい、こんな景色を見てほしい。
 
親の願いが最初の子どもを育てる、『土と水』になる。
 
それが、子育てでどのように子どもが大きくなっていって欲しいのかという願う、親のビジョン。
 
その“ことば”や、その“働きかけ”は今きかなくても、いつ響いていくのかはわからない。
 
いつ注いだ水が花を咲かせるきっかけになるかわからないから。
 
 
80-90年代のお母さんたちは、孤立育児になりがちで、「育児不安」が社会的な病として認識された時代でした。
その時代のお母さんたちが問題提起してくれたお陰で、「0歳から3歳」の子どもを育てる時代が一番、サポートが必要とされ、お母さんたちが社会とつながっていく絆を必要とする事が分かっていきました。
私たちの世代の子育ては、私たちのお母さんたちが踏ん張った時代の恩恵をたくさん受けることが可能になり始めた時代。
 
「お母さん、ありがとう」という言葉と共に、これからの時代にはどんな社会の理解が必要であり、援助が必要なのかという事を、次の世代に向けて忘れがちな大事でシンプルな事と共に、「子どもに残していきたい」事の目線で見ること、提案する事の能動さを大事にしていきたいと思うこの頃です。