先日、子どもを抱いている自分の手を見ていて、懐かしい私の母の手を思い出しました。
爪は短く、関節が少しずつ骨ばっていて、少しかさついていて、血管が少し浮き上がっているような手。
育児をしている手でした。

 
一人娘で、核家族で夜遅い父に専業主婦の母という1900年代後半の典型的な家庭モデルで育った私にとっては、母との時間は非常に濃密でした。
私が母親になってから、「あなたにアレルギー反応が出始めて必死で病院に通った」とか、「昼寝をしている間に回覧板を届けに行ったら、お漏らしをして泣きわめいて起きていた」とか、色々な私の幼少期の思い出を教えて貰ったりしたものです。
 
母が私に語っていたその頃の思い出は、現在私が育てている子どもたちの世代と同じで、私の今は母の昔なのに、全然母親が何をしていたか、とか、どんな姿だったのか、という事を思い出せないのですね。
ただ、一緒にいてくれた事しか覚えていないのです。
今の私は、毎日が慌ただしくて目が回りそうなのに、自分が子どもの頃だった頃の母の動向などほとんど覚えていない。

「一緒に風邪をひいて大変だった」とか「上の子が治ったら、下の子が次にかかった」とか、「連日の夜泣きで参った」とか。
”余裕がない”の一言に尽きるんでしょうけども、”隙間がない”事を許容しないと、自分を赦せない瞬間はそれこそ山のよう。
子どもたちと一緒にいる生活を表現するキーワードはたくさんあるのです。
  
末っ子が産まれて、もうすぐで7か月目を迎えます。
と言っても、まだ寝返りをせず、コロコロとゆっくりほやほやの赤ちゃん期を抜けて、少しずつしっかり赤ちゃん期を迎えつつあり、NICU育ちのボクは早く産まれたのだから、ゆっくりで良いんだよと思いながらの子育ての日々です。

その瞬間に向き合う事が子育て

赤ちゃんは、何グラムで生まれたかではなく、何週で生まれたのかという事がキーワードになります。
よく、赤ちゃんが大きい小さいという事で妊婦さんは考えたりしますが、平均的に2500g以上あれば問題なく、重さだけが重要視されるわけではありません。

34週で生まれた長男の発達を見るときに、6か月児であったとしても、そこからマイナス一か月する必要があり、大体発達月齢にすると5か月未満ぐらい。
母子手帳も基準にならないし、勉強してきた事や上の子の子育ての中でぼんやり学んできたことを思い出しながら、小児科でアドバイスを受けつつ、息子を観察しています。

にこにことご機嫌に発声したり、泣いたり、おっぱいを飲む姿に「元気で良かったなあ」という気持ちと「早く産んで申し訳なかったなあ」という自罰意識が行ったり来たり。
産後すぐに保育器に入れられた息子を見ながら、「自分が何かしたことがいけなかったのかもしれない」「エゴが捨てられなくて、しわ寄せが息子にいってしまったのかもしれない」と思っていた気持ちはまだ黒い一点のシミのようにぼんやりと残っていました。

お世話になっている助産師さんに、
「そういう気持ちになって当然。だってお母さんだからね。」と言われて、ああ、何人産んでも、私ってばお母さん通信簿を無意識のうちに付けようとするんだなあと気づけて、少し心が楽になれました。

 

与えられなかったものばかり考えないで、与えてあげられたものをちゃんとみてあげる育児

「なかなかいないですよ、こんなかわいい赤ちゃん。色んな方向で援けてあげれば良いんですよ。」
息子を抱きながら夫が言ってくれたり。

「お姉ちゃんたちも色々あった。入院したり、心配なことがあったり。そうやって子育てしてって、立派に大きくなってもらおうね」
保育園の先生が言ってくれたり。

良い心の働きが出来るように、心を硬くし過ぎない事。
子どもの支配者ではないのだから、柔軟に対応できる俊敏さを兼ね備えるという事。
そして、ただ、シンプルに”愛する”気持ちを大切に。

ただ、産まれてきてくれてよかったなあと、愛することが出来てよかったなあと思いながらの毎日です。