女性のためのヨガコラム

子育て四訓 執着について

あまりにも有名なこの言葉のルーツについては諸説あり、不明瞭なところが多いため断定はできないのですが、その内容について、子育ての経験がある方は共感できる方が多いでしょう。

子育て四訓というものをご存誌でしょうか。

「乳児はしっかり肌を離すな」
「幼児は肌を離せ手を離すな」
「少年は手を離せ目を離すな」
「青年は目を離せ心を離すな」

我が家は、第一子が“少年”、第二子が“幼児”、第三子が“乳児”に該当する年齢で、この発達段階が非常に理解しやすい環境にあります。

・見えない事の不安、不安が執着を呼ぶ・

今年、小学校1年生になった“少年期”を生きる長女は、私の親としての覚悟を試す切り込み隊長であり、親としての私を育ててくれた開拓者でもあります。

保育園・幼稚園の送迎の中で、どんな遊びをし、どんなお友達と関わり、見通し良く彼女の世界が垣間見れていた幼稚園時代。

先生と話をする機会も多く、様子がわからないという不安とは無縁な状態でした。

それが、入学をするとまず自分で通学をするようになり、担任の先生と話をする機会は頻回ではない事から友達とどんな事を話し、遊び、関わっているのかなどの情報を得る機会が極端に減っていきます。親として、“労力”という点では楽にはなるけれど、一緒にいる時間がぐっと減り、共有出来ていたものがとても減った分、どんな世界を生きているのか見え難い環境になり、意識して時間を作ったり関わったりする必要があることを実感しました。

生まれた瞬間からほとんどの時を共有してきて、手を伸ばせばそこにいると思っていた我が子が急に自立していく姿は不安との戦いです。人というものは、見えないと不安になります。危ない目に合っていないか、トラブルに巻き込まれていないかなど妄想が独り歩きをしていきます。そして、不安という心の作用が強く出たときに母親たちは、「少年の手を離せなくなる」のではないでしょうか。

・“(手を)離す”ことは執着を捨てる事、信じる気持ちを持つ事・

昨今、『毒親』というキーワードが書籍、TVなどで展開されています。

その特徴は、いくつかの種別に分かれますが、「過干渉」や「子どもを思い通りに支配する」、「ネガティブな言葉や思考で子どもから機会を剥奪する」など、子どもが成長するうえで阻害要因となるような「毒になる親」である事もその種の一つです。『毒親』については、精神医学の観点からも病理と結びついて解説されますが、程度はあれ、「子どもの人生を支配することで、不安から解放されたい」という思考はどんな母親であっても共感し得るように思うのです。

しかし、支配者にならないようにと、子どもとの距離感を健康的に取ろうと考えられても、不安という漠然とした感情があるのは事実です。無理をしたり、精神的疲労が続くと、苛々して八つ当たりしたり、ある時は「私はこんなにあなたのことを考えているのに、なぜあなたは!」と高圧的になり、心は不安に対する対処として、支配という名前の“執着”に結びついていくのかもしれません。

अभ्यासवैराग्याअभ्यां तन्निरोधः ॥१२॥
abhyāsa-vairāgya-ābhyāṁ tan-nirodhaḥ ॥12॥

悩みや苦痛を含む「心の作用」は、修習(アヴィヤサ)と離欲(ヴァイラーギャ)によって止められる
 ― パタンジャリのヨガスートラ 1-12

私たちは、執着や愛着、欲望(カルマ)と無縁な生活を送ることは難しいです。ですが、それが度を過ぎていくと、「毒親」という言葉で表現されてしまうように”バランスを欠いた”世界を生きる人となってしまいます。

不安な気持ち(心のザワザワ=ブリッティ)が生まれ、不健全な心の働きに傾いて、執着になってしまう事がないように配慮しながらも、そっと引いたり包み込んだりする、あなた自身の姿や行為を背後から観るような「余裕」が大切です。

不安に思う⇒なぜそう思うのか客観的に見る⇒自分の問題に気づく

このプロセスの間に執着や欲を持った自分に気付いて、不安に振り回される前に、調整出来るようになれるといいですね。

・子どもの世界は、親の世界と同一とは限らない・

『手を放す』という事とは、子どもの身近にいながら、彼らの世界を支配し、自分(あなた)が生きてきた環境(国や性別、家族、学校、会社などの文化)によって作られてきた特有な観念の中に、我が子を当てはめて、彼らにそれに順ずるよう生きていく事を望まない事。

自分の世界は安心です。けれども、自分の世界が一番美しいとは限りません。

親の世界が、子どもにとって居心地がいいとは限らないのです。

それに、子どもの目を通して、子どもに我が身を委ねて、彼らの視点を借りて世界を見たら、想像もしていなかった世界が私たち親にも見えてくるかもしれないのです。

手放し、委ねる。

それは、彼らの生きる力を信じていく事。

私自身そう思いながら、信じる心を育てる日々です。

9/1 開催「母ではない私」に還るヨガクラス  ~ 代官山 

育児に疲れている人のためのヨガプラクティス

お母さんになった。
私がなりたくてなった。
お母さんになった。子どもは可愛い。

夫もお父さんになった。
彼も頑張っている。(と思う)
私は孤独じゃないと思う。(多分)

お母さんになった。幸せだ。
(……いつでも??)

一日中慌ただしく、自分のペースは皆無。
眠りも、食事も、自分の生活の全てが「自分以外の誰か」のリズムで進んでいく。

満たされているはずなのに、息切れしてしまうのは何故だろう。
恵みを抱き、愛しく思うのに、大切に思う気持ちを実感する事が難しいのは何故だろう。

そんなことを思ったことはないでしょうか。

ホルモンバランスの乱れによる心身の不調、慢性的な睡眠不足や栄養バランスの乱れ、家庭生活・育児と仕事の両立など、生活のなかに存在するタスクが多すぎて、育児期の女性の幸福を実感しにくい日々を生きています。

この時間は、そんな身も心も多忙なあなたが「自分であることを再構築」していくクラスを行っていきます。そして、その向こうに見えてくるものを味わう時間を作っていきましょう。

ワークショップの時間・料金等の詳細は以下へ。
お申し込みは、shantimaki@gmail.com もしくは、Facebookよりどうぞ。

https://www.facebook.com/events/1095225994010951/

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